愛しきコカマ
(自宅 庭にて)
僕らの結婚生活は、僕がそれまで住んでいたボロアパートから始まりました。
小さくて、築年数は考えるのも怖いような古さでしたが、そのかわり、1階の部屋でしたから、ちょっとした庭がありました。
庭に季節の花を植えたり、虫のさまざまな営みをながめることは、お金のかからない楽しみのひとつだったのです。
そのアパートの軒下やサッシのすみにカマキリの卵が産みつけてあり、最初の春に小さなカマキリがたくさん孵化しました。
カマキリの子どもは、小さくともちゃんとカマキリの姿をしていて、けっこういっしょうけんめいで、憎めないところがあります。僕らは「コカマ」と呼んでかわいがりました。家の中に入ってくる粗忽者もいましたが、そのたびカミさんはつぶさないよう気をつけながらつかまえて、庭に放してやるのでした。
今の家に住み始めて、最初の春。
庭で久しぶりに「コカマ」を見つけました。
ボロアパート時代を――お金も家電もなかったけれど、不思議に退屈しなかったあのころを、なつかしく思い出しました。